IoTに関しては、IT企業だけでなく様々な分野のメーカーが参入し、更には、これまで別々のレイヤーにおけるプレイヤーであった企業同士が同じレイヤーで競合することになるケースが多くなると予想されている。
IoT時代においては、メーカーは「物」の供給だけではなく「サービス」の提供を同時に行う事業形態に変化することが予想される。IT分野では後発となるメーカーは、IT関連発明特有の問題点に対応しつつ、IoTにおいて求められる課題にも対応した態様で権利化を目指す必要がある。
上述より、本研究では、まず、IT関連発明の保護における課題を抽出し、次いで、特許情報に基づいてIoTの進行について調査し、そして、IoT関連発明の権利化において留意すべき点および対応策の整理を行う。
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(IPNJ国際特許事務所 弁理士)乾 利之・(東京工業大学大学院 教授)田中 義敏
A Study on the protection of the IoT-related inventions ~Referring to the problems in the protection of the IT-related invention ~
IPNJ PATENT ATTORNEYS OFFICE Toshiyuki, Inui;
Department of Industrial Engineering and Economics, School of Engineering, Tokyo Institute of Technology Yoshitoshi, Tanaka
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1.背景および目的
近年、様々な「モノ(例えば、センサーを有するスマートデバイス)」がインターネットに接続されるIoT(Internet of Things)が急速に進行している。例えば、このインターネットにつながる「モノ」の数は、2000年には2億個であったが、2013年には100億個、2020年には500億個になるとも予測されている[1]。
また、IoTに関しては、IT企業だけでなく様々な分野のメーカーが参入し、更には、これまで別々のレイヤーにおけるプレイヤーであった企業同士が同じレイヤーで競合することになるケースが多くなると予想されている[2]。
IoT時代においては、メーカーは「物」の供給だけではなく「サービス」の提供を同時に行う事業形態に変化することが予想される。IT分野では後発となるメーカーは、IT関連発明特有の問題点に対応しつつ、IoTにおいて求められる課題にも対応した態様で権利化を目指す必要がある。
上述より、本研究では、まず、IT関連発明の保護における課題を抽出し、次いで、特許情報に基づいてIoTの進行について調査し、そして、IoT関連発明の権利化において留意すべき点および対応策の整理を行う。
2.研究手法
1)IT関連発明の保護における課題の抽出
(1)権利行使面での課題:権利解釈ルールおよび判例を参照して抽出する。
(2)権利化面での課題:①上述の権利行使面での課題に対応する課題および②2006年前後に生じたブロードバンド化によるクラウドの急速な普及とスマートフォンの急速な普及とが同時並行的に進行した状況で生じた課題(特殊事情)を中心に検討する。
2)IoTの進行に関する調査
(1)技術分野の設定
特許行政年次報告書(日本における分野別公開数統計表) [3]を参考に、複数の分野を設定した。電気通信、デジタル通信およびビジネス方法を統合してIT分野とし、電気装置、光学機器、医療機器、運輸、計測、制御、熱処理機構、土木技術、環境化学、ハンドリング機械を調査対象として設定した。
(2)調査・分析
2006年~2015年までの10年間における各年ごとの公開件数を調査した。
・検索条件:IPC検索:各分野におけるIPCは上述の特許庁行政年次報告における(付表)分野別対応IPC表を参考に設定
・調査内容:各分野ごとの件数、各分野におけるIT系の件数(IT分野×各分野)、各分野における筆頭IPCがIT系の件数(第1のIPC=IT分野×第2以降のIPC=他の分野)等
3)IoT関連発明の権利化において留意すべき点
IT関連発明の権利化における問題点に加え、IoT関連発明の権利化における新規な問題点を抽出し、対応策を検討し、これらを整理した。
3.結果および考察
1)IT関連発明の保護における課題の抽出
(1)権利行使面での課題
①複数主体が関与する発明は、直接侵害としての保護が難しいという課題がある。システム発明等においては、構成要件が複数主体により別々に実施され得る。このような場合には直接侵害が認められにくいという問題がある。ここで、システム発明について、特定の主体がシステムを「支配管理」している場合には特許権の侵害が認められる場合がある [4]。
②複数の構成物、例えば、サーバと端末とで構成されるシステムにおいて、サーバが国外に配置されている場合においては、直接侵害および間接侵害ともに難しいという課題がある。USにおいては、サーバが海外に配置されていても、US内でシステムのコントロールがなされシステム利用による利益が得られているとして、US国内の使用であると認められた例もある [5]が、日本においては、このような解釈は困難であろう。
(2)権利化面での課題
①権利行使面での課題に対応する課題
IT関連発明について直接侵害が認められにくいという課題に対して、次善の策として共同行為、間接侵害や管理主体等が認められるようなクレームを作成することが重要になる。
また、IT関連発明(システム発明)においては、発明した内容を完全に保護しようとすると、他の分野では考えられないほど多くのクレームが必要になる。そのため、次善の策として、現実に実施する事業の保護に注力し、自己の事業にとって重要な部分のクレームを充実させる。例えば、端末メーカーであれば端末クレームを充実させ、システム・サービス提供者であればサーバクレームを充実させる。
②特殊事情により生じた課題
クラウドの急速な普及とスマートフォンの急速な普及とが同時進行した状況においては、図Aに示すように、構成要素は従来固定的だと考えられていた配置に限定されなくなった。クラウドの普及により構成要素がサーバに移行する現象が生じる一方、スマートフォンの普及により構成要素が逆にサーバから端末に移行可能となった。つまり、構成要素の配置の組み合わせは増大し、発明保護に必要なクレーム数が増大するという問題が生じている。
図A クラウドとスマートフォン普及が同時進行した場合の問題点
②特殊事情により生じた課題
クラウドの急速な普及とスマートフォンの急速な普及とが同時進行した状況においては、図Aに示すように、構成要素は従来固定的だと考えられていた配置に限定されなくなった。クラウドの普及により構成要素がサーバに移行する現象が生じる一方、スマートフォンの普及により構成要素が逆にサーバから端末に移行可能となった。つまり、構成要素の配置の組み合わせは増大し、発明保護に必要なクレーム数が増大するという問題が生じている。以下にシミュレーションを行い、結果を表Aに例示する。
(シミュレーション)システムクレーム1、サーバクレーム0、端末クレーム7、方法クレーム1、プログラムクレーム1の計10クレーム(平均的)で規定された仮想発明について、移動可能な構成要素の数が1つ、2つ、3つの場合それぞれについて検討する。
<表A シミュレーション結果>
表Aに示すように、IT関連発明は、当該発明の保護に必要なクレーム数が非常に多くなる傾向があり、特許出願における現実的なクレーム数では発明が十分に保護されない可能性がある。他の技術分野においては、上位クレームが最も広く規定されており、原則、カバー率は100である。これに比べ、IT分野においては発明が十分に保護されない場合があるという課題が示唆された。
2)IoTの進行に関する調査
特許情報に基づくIoT進行に関する調査・分析結果の概要を下表Bに示す。
<表B 調査・分析結果の概要>
・「各分野におけるIT系の割合」は横ばいである。また、「各分野のIT系にしめる筆頭IPCがIT系」の割合は全体的に上昇傾向であり、特にこれまでIT系の中心ではなかった分野において上昇傾向にある。
・上述より、特に「各分野のIT系にしめる筆頭IPCがIT系」割合の傾向から、分野ごとの進行ステータスは異なるがIoT化は全体的に進行していると考えられる。
3)IoT関連発明の権利化において留意すべき点の整理
(1)IoT関連発明の権利化においてもIT関連発明における課題は引き続き存在する。IoT関連発明におけるクレーム構成はIT関連発明のクレーム構成と同様であるため、上述した課題を有する。
(2)IoT関連発明の権利化における新規な問題点
①特にメーカーにおいては、製品の製造販売だけでなく、IoT関連発明を利用したサービスを提供するようになる可能性が高いと考える。そのため、メーカーは、モノのクレームを充実させるだけでなく、サービスに関するクレーム(特にサーバクレーム)を充実させる必要が生じる。
②ここで、上述の「日本における分野別公開数統計表」を参照して、電気通信、デジタル通信およびビジネス方法を統合したIT分野について、上位30社をIT企業/メーカーに分類し、メーカーの割合(メーカー率)を算出した(表C参照)。
<表C IT分野の出願上位企業におけるメーカーの割合>
IoTが進行しているなか、上位出願企業におけるメーカーの割合が変化なしor微減ということは、下位に上位企業ほどの件数ではないがIoT関連発明を出願するメーカーが多数存在している(または今後増える)であろうことが推測される。
つまり、IT関連発明の出願にあまり精通していないであろうメーカー等がIoT関連発明の出願を行うということであり、この点も課題である。
(3)IoT関連発明の権利化における課題点および対応案の整理(表D参照)
①共通の次善策としては、システムクレームにおいて構成要素の配置を限定しないクレームの作成があげられる。当該対応は、構成要素が端末・サーバのいずれに配置されていても、間接侵害、共同行為や主体管理等になるようにすることを狙いとしている。
②IoT関連発明においては、特にメーカーは、モノの製造販売を保護するためのモノのクレームだけでなく、サービスの提供事業を保護するためのサーバクレーム等も充実させる必要がある。IoT化によりビジネスモデルが変化し、メーカーが自社または他社にサービスを提供するようになることが予想されるため、このような更なる対応が必要になる。
<表D IoT関連発明の権利化における課題点および対応案の整理>
4.おわりに
特許情報に基づいてIoTの進行について調査した結果、技術分野ごとの進行ステータスは異なるが、IoTは全体的に進行していることが示唆された。
IoT関連発明の権利化においては、システム発明における構成要素の配置を限定しないクレームの作成や、物の製造販売を保護するためのクレームおよびサービス提供事業を保護するためのサーバクレームの両方を充実させる必要であることが認識された。
IoTが進むなか、これまでIT関連発明の出願にあまり関係のなかったメーカーがIoT関連発明の出願を行っていくという状況になると考える。このような状況に対し、本研究が何らかの役に立つことを期待する次第である。
参考文献
[1] みずほ情報総研, “IoTの現状と展望-IoTと人工知能に関する調査を踏まえて-,” 2015年 No.3.
[2] “平成27年版情報通信白書 特集テーマ 「ICTの過去・現在・未来」,” 総務省, 平成27年.
[3] 特許庁, “特許行政年次報告書2016年版~イノベーション・システムを支える知的財産~ 日本における分野別公開数統計表(付表)分野別対応IPC表,” 2016年.
[4] M. H. Mehta, “RIM 対 NTP(「BLACKBERRY」)事件の概要と日本法との関連, AIPPI Vol.51 No.7,” 2006年.
[5] 松田俊治, “複数主体が関与する物の発明について特許権の侵害を肯定した事例ー東京地裁判平成19年12月14日(HOYA)事件を題材にしてー,パテント,” 2009年.