本研究においては、各企業の商標に含まれる示唆的商標の割合(示唆率)を抽出・算出すると共に、示唆率と、営業利益/売上、広告宣伝費/売上および広告宣伝費/営業利益との関係を観察する。これにより、企業活動において独創的商標と示唆的商標とでは、どちらが、どのような場合に有益なのかについて考察する。
企業活動において示唆的商標と独創的商標とではどちらが有益か?
(IPNJ国際特許事務所)乾 利之・(東京工業大学)田中 義敏
In corporate activities, Which is beneficial in the fanciful trademark and suggestive trademark?
IPNJ PATENT ATTORNEYS OFFICE Toshiyuki, Inui;
Graduate School of Innovation Management Tokyo Institute of Technology Yoshitoshi, Tanaka
ネーミング ブランド 広告宣伝費 利益率 商標 商標情報
IPランドスケープ IPランドスケープ商標 商標情報分析
As a brand name, trade mark and service name, there are the suggestive trademark and the fanciful trademark. The suggestive trademark has the advantage that it is easy to recognize the characteristics of the goods. The fanciful trademark has the advantage that is granted high discriminatory and new image. It depends on the policy of each corporation which type is selected.
In this study, the suggestive trademark and the fanciful trademark in corporate activities is examined which is beneficial.
In research method, the relationship between the ratio of suggestive trademark and sales, profits and advertising expenses is extracted in each corporation,
Then, by extracting the relationship between the ratio of suggestive trademark and the corporate activities such as sales, profit, advertisement costs, it will be examined which is beneficial with the suggestive trademark and the fanciful trademark, in corporate activities.
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1.背景および目的
商標は、登録を受けるためには一定の識別性が要求される。独立行政法人日本貿易振興機構は、「米国における事業進出マニュアル~知的財産権~」 [1]において、「識別力の弱い順に、一般名称的商標、記述的商標、暗示的(示唆的)商標、恣意的商標および独創的商標があるとし、一般名称的商標および記述的商標は商標として保護されない」と述べている。
また、特許庁は、商標のタイプについて、「平成19年度 商標出願動向調査報告書」 [2]において、「代表的なファミリーネームに属するペットネームについて、例示として企業が回答したものは、「派生語商標」、「識別力を有すると理解される商標(派生語商標を除く。)」「型番(英数字の組み合わせ)」、「用途・機能・品質の意味をなす標章」のほか、これらに該当しないものの5つに分類できる。」と述べている。
企業活動において、売上・利益向上のためには、高い信用の獲得・蓄積と共に、他社との差別化が重要な戦略となっている。商標に関しては、独創的な商標を使用し、他社との差別化を図ることが有効な手法の一つである。また逆に、示唆的な商標の使用により、需要者に対して商品・サービスの用途・機能・品質等を示唆することで、売上等を向上させる手法も有効な手法の一つである。
ここで、ネーミング担当者や商標担当者は、示唆的商標と独創的商標とのどちらが良いか迷う場合が多くある。これまで、企業活動において示唆的商標と独創的商標とのどちらが有益であるかという視点の検討はなされていないように思われる。
本研究においては、各企業の商標に含まれる示唆的商標の割合(示唆率)を抽出・算出すると共に、示唆率と、営業利益/売上、広告宣伝費/売上および広告宣伝費/営業利益との関係を観察する。これにより、企業活動において独創的商標と示唆的商標とでは、どちらが、どのような場合に有益なのかについて考察する。
2.研究手法
1)調査対象企業の選定
まず、「平成23年度 商標出願動向調査報告書(概要)」 [3]において調査対象となっている国内企業25社のうちから選択すると共に、選択した企業を「化学(日用品)」「食品・飲料」「スポーツ用品」「電子機器」「輸送機」に5分野に分類した。次いで、選択した企業の競合企業等を中心に追加企業を選択した。調査対象となった企業は、「化学(日用品)」5社、「食品・飲料」13社、「スポーツ用品」6社、「電子機器」13社、「輸送機」5社の合計42社である。
2)調査方法
(1)商標情報は、J-PlatPatを利用して取得した。調査対象は、2014年出願の商標(件数は登録件数、未査定出願含む)とした。
(2)営業利益/売上、広告宣伝費/売上および広告宣伝費/営業利益は、各社の有価証券報告書から必要な情報を抽出し、算出した。
3)分析方法
(1)示唆的商標の割合(示唆率)の算出、および示唆率についての検討
各商標ごとに示唆的商標であるか否かを判定した。指定商品・役務との関係で、当該指定商品・役務における用途、機能、品質、効果、需要者、使用態様、使用後の態様等を示唆するものを示唆的商標とした。英語の商標は、日本語の意味についても検討し、他の外国語は外観のみについて検討した。
示唆率は、各社ごと、各分野ごと、全体について算出した。全体の示唆率を基準に、各分野ごとの示唆率の差異について確認した。
(2)示唆率と、営業利益/売上、広告宣伝費/売上および広告宣伝費/営業利益との関係の観察
全体と、各分野ごとに以下のグラフを作成した。
①示唆率と営業利益/売上との関係をグラフにより示した。ここでは、示唆率が高いor低いほど営業利益/売上が高くなるのかその傾向を確認した。高利益率とするために、示唆的商標が適しているか、独創的商標が適しているか観察した。
②示唆率と広告宣伝費/売上との関係をグラフにより示した。ここでは、示唆率が高いor低いほど広告宣伝費/売上が低くなるのかその傾向を確認した。売上増加のための広告宣伝費を低くするためには、示唆的商標が適しているか、独創的商標が適しているか観察した。
③示唆率と広告宣伝費/営業利益との関係をグラフにより示した。ここでは、示唆率が高いor低いほど広告宣伝費/営業利益が低くなるのかその傾向を確認した。営業利益増加のための広告宣伝費を低くするためには、示唆的商標が適しているか、独創的商標が適しているか観察した。
3.結果および考察
1)示唆率
各企業における示唆率は、おおよそ40%~90%であった。
各分野の示唆率および全体の示唆率を以下の表1に示す。表1に示すように、全体の示唆率の平均は72.1%であった。5分野42社の全体における示唆率は72.1%であり、商標全体のうち70%以上が示唆的な商標であるとことがわかった。
また、分野ごとには、化学(日用品)分野が77.4%、食品・飲料分野が78.0%と示唆率が高く、電子機器分野が64.1%、スポーツ用品分野が61.2%、輸送機分野が51.1%と示唆率が低くなっている。
各商品ごとの用途、機能、品質や効果等を主張しやすい分野においては、示唆率が高くなる傾向があると考えられる。逆に、複合技術の分野等では、商品ごとの用途、機能、品質や効果等を主張しにくく、示唆率が低くなっていると考えられる。
2)全体
下記(1)から(3)について、以下のグラフ1からグラフ3を作成した。各グラフにおいては、近似線も表示されている。
(1)示唆率-営業利益/売上
グラフ1に示すように、近似線より、示唆率が低いほど、営業利益/売上が高い傾向があることがわかる。つまり、示唆率が低い、言い換えると独創的商標の割合が高いほど、利益率が高いことが示されている。
これは、高い利益率を達成するためには、ブランド力が必要であることを示す結果の一つであるとも考えられる。
(2)示唆率-広告宣伝費/売上
グラフ2に示すように、近似線より、示唆率が高いほど、営業利益/売上が低い傾向があることがわかる。示唆率が高いほど、同じ売上に必要な広告宣伝費が少ないことが示されている。つまり、示唆的商標を多くすることで、同じ売上を達成するために必要な広告宣伝費が少なくて済むということが示されている。
(3)示唆率-広告宣伝費/利益
グラフ3に示すように、近似線より、示唆率が低いほど、営業利益/利益が低い傾向があることがわかる。つまり、示唆率が低いほど、言い換えると、独創的商標の割合が高いほど、同じ営業利益に必要な広告宣伝費が少ないことが示されている。
これは、(1)で述べたように、ブランド力が高いほど利益率が高いという結果に関連していると考える。つまり、ブランド力が高いほど、高利益率となり、同じ営業利益を達成するために必要な広告宣伝費が少なくて済むということが示されている。
3)各分野
示唆率と営業利益/売上等との関係について、各分野ごとにその特徴が異なる。上述した全体の傾向と異なる分野もある。各分野の特徴であるのか、調査対象の企業数が少ないことに起因するものなのか、現時点では不明である。以下、全体の傾向と比較した各分野ごとの傾向について簡単に説明する。
(1)化学品(日用品)分野:①②は全体の傾向と反対、③は全体の傾向と同じ傾向である。
(2)食品・飲料分野:①から③のいずれについても全体の傾向と同じ傾向である。
(3)スポーツ用品分野:①および②は全体の傾向と同じ傾向であり、③は反対の傾向である。示唆率が高いと広告宣伝費が少なくて済むという結果である。
(4)電子機器分野:①②は全体の傾向と同じ、③は全体の傾向と反対である。
(5)輸送機分野:②は全体の傾向と同じ、①③は全体の傾向と反対である。示唆率が高いと広告宣伝費が少なくて済むという結果である。
4.おわりに
本研究においては、企業活動において示唆的商標と独創的商標とではどちらが有益か、という視点で、示唆的商標の割合である示唆率を抽出・算出すると共に、示唆率と、営業利益/売上、広告宣伝費/売上および広告宣伝費/営業利益との関係について観察した。
示唆率については、化学(日用品)分野が77.4%、食品・飲料分野が78.0%と示唆率が高く、電子機器分野が64.1%、スポーツ用品分野が61.2%、輸送機分野が51.1%と示唆率が低くなっていることがわかった。
示唆率と、営業利益/売上、広告宣伝費/売上および広告宣伝費/営業利益との関係については、全体としては、高い営業利益率とするためには独創的商標の割合を多くし、高いブランド力を得ることが有効であることが示唆された。また、示唆的商標の割合(示唆率)を高くすることで、同じ売上に対する広告費を低くできることが示唆された。ここで、各分野ごとに特徴が異なるため、調査対象企業数を増やし、各分野ごとに深堀をすることが今後の課題である。各分野ごとの独特の傾向の把握や、示唆率が高いと広告宣伝費が少なくて済むという結果が期待される。
参考文献
[1] 独立行政法人日本貿易振興機構, “米国における事業進出マニュアル ~知的財産権~,” 2014年1月.
[2] 特許庁, "-企業における個別商品・役務等に係る商標出願戦略等状況調査-(要約版)," 商標出願動向調査報告書, 平成19年度.
[3] 特許庁, “企業のブランド構築に着目した商標の出願・活用に関する状況調査,” 商標出願動向調査報告書(概要), 平成23年度.